現在のAI技術などの味覚の科学は、『おふくろの味』を超えることができるのか?

AIなどの先端技術は、『おふくろの味』 を超えられるか?
「牛乳羊羹」が教えてくれた、最新科学でも再現不能な感情的価値の正体を見出す。
「おふくろの味」――。
この言葉を聞いて、あなたは何を思い浮かべますか?
出汁の香る味噌汁、少し甘めの卵焼き、あるいは、なぜかいつも焦げていた焼き魚かもしれません。
現代、料理の世界には革命が起きています。
分子ガストロノミーによる味の精密な分解、AIによるレシピ生成、そしてロボットによる正確無比な調理。
しかし、「現在のAIが作る完璧な一皿」は、あの頃に母が作ってくれた、あの 「不完全な一皿」
を超えることができるのでしょうか?
今回は、私の実体験である「牛乳羊羹」のエピソードを交えながら、味覚の科学、認知心理学、
そして最新テクノロジーの視点から、私たちが「母の味」に抱く特別な感情の正体を解き明かします。
1. 再会した「母のスペシャリテ」が教えてくれた残酷な真実
私の母には、子供の頃に作ってくれた料理やお菓子の中に自慢の「スペシャリテ」がいくつかありました。
その中の一つが、『牛乳羊羹(ぎゅうにゅうようかん)』です。
子供の頃の私にとって、それはどんな高級ホテルのスイーツよりも輝いて見えた、最高のご馳走でした。
今に思えば、牛乳を飲みたがらない息子のための、工夫の一品だったのでしょうか。
母が気が向いた時に作ってくれるその白い塊を、私はいつも夢中で頬張っていたものです。
月日は流れ、私も成人し、世の中の「本当に美味しいもの」を食べてきてた頃のことです。
実家に帰省した際、かなりのお婆になった我がマミーが、少し照れくさそうに言いました。
「今日は久しぶりに、あんたの好きだった牛乳羊羹を作ってみたよ」
私は子供のようにワクワクしながら、その思い出の味を口に運びました。しかし、次の瞬間、脳を突き抜けたのは感動ではなく、ある「冷徹な事実」でした。
「あれ……? こんな味だったっけ?」
正直に言いましょう。それは今のコンビニスイーツと比較しても、決して「絶品」と呼べるクオリティではありませんでした。
甘さはどこか野暮ったく、食感も洗練されているとは言い難い。ウルトラマンを見て純粋に興奮していたあの頃の僕と、今の僕は違う。
大人の舌になってしまった私は、「これはコンビニに並んでも売れないだろうな」と冷静に分析してしまった・・・。
しかし不思議なことに、味は「?」なのに、胸の奥がじんわりと温かくなる感覚。
決して完璧ではない「?」なそのスイーツを、私は結局、最後の一口まで大切に食べてしまったのです。
この矛盾こそが、「母の味」の核心に迫る鍵なのでしょうか?
2. なぜ「失敗作」ですら愛おしいのか?――不完全性の科学
いっぽう、私の友人の母親は、お世辞にも料理が得意ではなかったと聞きました。
魚は焦げちゃったり、スープの塩加減は日によってバラバラ。いわゆる「失敗」の多い食卓だったそうです。
しかし、彼は大人になった今でも 「あの焦げた魚が懐かしい」 と・・・。
なぜ、高度に管理されたレストランの料理ではなく、母の失敗作にこれほどの価値を感じるのでしょうか?
「プルースト効果」と感情的記憶
科学的には、これを「プルースト効果」と呼びます。特定の香りや味が、それに関連する記憶や感情を瞬時に呼び起こす現象です。
嗅覚や味覚の情報は、脳の中で感情を司る「扁桃体」や記憶を司る「海馬」にダイレクトに届きます。
母の料理は、単なる栄養素の摂取ではありません。そこには「守られていた記憶」「食卓の風景」「母の体温」がパッケージされています。
AIがどれほど精密にアミノ酸濃度を調整しても、その「文脈(コンテキスト)」までを再現することは、現在の技術では不可能です。
「あなただけ」への超個別最適化(ハイパー・パーソナライズ)
コンビニやレストランの食品は「不特定多数の80点」を目指して作られます。
対して、母の料理は「あなた一人」をターゲットにした究極のオーダーメイドです。
「今日は疲れているみたいだから、少し味を濃くしよう」「最近野菜を食べていないから、細かく刻んで混ぜよう」
私の場合なら「あの子は牛乳を飲まないから甘い羊羹にしてあげよう」
こうした、言葉にならない観察に基づく微調整が、数値化できない「満足感」を生んでいるのです。
3. 最新AIと味覚センサーは「母の味」にどこまで迫れるか?
では、現代のテクノロジーはこの「領域」にどこまで迫っているのでしょうか?
現在、「味覚センサー(電子舌)」の技術は飛躍的に進化しています。
甘味、塩味、酸味、苦味、旨味を数値化し、プロの料理人の味をデータ化することが可能です。
AIは数百万通りの食材の組み合わせから、人間が思いつかないような絶妙なマリアージュを提案することもできます。
AIができること:
- 味の完全コピー: 老舗の秘伝のタレを成分分析し、寸分違わぬ味を再現する。
- 栄養の最適化: 血液データや活動量に基づき、その瞬間に必要な栄養素を完璧に配合する。
- 嗜好の予測: 過去の食事データから、ユーザーが好む味付けをアルゴリズムで導き出す。
AIがまだできないこと(修行不足な点):
それは、「可愛げのある失敗」と「意図的なゆらぎ」です。
私の友人が愛した「焦げた魚」や、母の「目分量のスープ」。
これらは計算ミスから生まれるものですが、人間はそのミスの中に「自分のために台所に立ってくれた時間」を感じ取ります。
AIが意図的に魚を焦がしたとしても、そこには「うっかり」という人間的な愛嬌(フィジカリティ)が存在しないため、私たちの心は動きません。
4. 先人の知恵:料理は「理(ことわり)を料(はか)る」もの
日本の先人たちは、料理の本質を言葉に込めていました。「料理」という漢字は、「理(ことわり)を料(はか)る」と書きます。
物事の筋道や、相手の状況を推し量るという意味です。単に食材を加工するだけではなく、食べる人の心身の状態を察することこそが料理の本質である、という教えです。
最新のフードテックは「味の理」を解明しつつありますが、食べる人の「心の理」までを完全に料るには至っていません。
AI技術が母親たちに勝てない理由は、この「察する力(エンパシー)」の差にあると言えるでしょう。
5. 未来の食卓:テクノロジーは「第二の母の味」を作れるか?
もちろん、テクノロジーを否定する必要はありません。
VR(仮想現実)を用いて実家の食卓の風景を再現しながら食事をしたり、遠く離れた母の味付けをデータで送り、自宅の自動調理器で再現したりする研究も進んでいます。
しかし、それは「母の味」の代替品ではなく、「新しい形の食体験」として捉えるべきでしょう。
AIは、私たちの忙しい日常を支え、栄養を満たし、新しい味の発見をさせてくれる素晴らしいパートナーになります。
でも、心が疲れた時に、あの「売れない牛乳羊羹」を求めてしまう本能は、AIには決して書き換えられない聖域なのです。
結論:AIが「おふくろの味」を超える日は来るのか?
結論として、現在の、そして近未来の技術をもってしても、「母の味」を完全に超えることは難しいと考えられます。
なぜなら、母の料理の価値は「味そのもの」にあるのではなく、その背景にある「私を見つめてくれている」という安心感に含まれているからです。
AIは「正解」を出してくれますが、母は「肯定」をくれます。
たとえ魚が焦げていても、羊羹が甘すぎても、「あなたのことを思って作った」という事実が、最高の調味料として機能するのです。
AI技術も、母親たちの「愛情という名の不条理な献身」に比べれば、まだまだ修行不足と言わざるを得ないのかもしれません。
私たちは、最新技術の恩恵を受けながらも、時折、あえて不完全で、あえて不恰好な「誰かのための手料理」を味わう余裕を持ち続けたいものです。
それこそが、人間だけが享受できる、最高の贅沢なのですから。
by Coco☆*:.。

材料(2人分)
じゃがいも / 2個
にんじん / 1/3本
玉ねぎ / 1/2個
豚バラ肉(牛肉でもOK) / 100g前後
しらたき(アク抜き) / 1袋
水 / 1.5カップ
粉末出汁 / 小さじ1/2
酒 / 大さじ1
砂糖 / 大さじ1.5
みりん / 大さじ1
醤油 / 大さじ2
レシピを考えた人のコメント
定番の肉じゃが!
今は圧力鍋とか便利で時短に作れますが,基本の作り方です★
母から教えてもらった作り方なので昔ながらの肉じゃがです(*´?`*)
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